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2011年5月1日日曜日

しかし、大変なのはこれから・・・ 「どうして・・・こんなことに・・・」という思いが

人は、大事なものを失うとそのときは勿論大変だが、むしろしばらく時間が経ってからの方がずっとずっと辛い。
私自身も自分の命と同じくらい大事なものを1週間の差もなく同時に複数失ったことがある。
そのときはおまけに進行がんに罹っていて、数年後に訪れるであろう死に直面していた。
ただ、手術はまだ受けることができなかった。
自分の身体よりも切迫した事由があったからだった。
8ヶ月後、がんの手術をした。幸いというか奇跡的に死の淵から蘇った。
執刀医の先生も運がいいと驚いていた。

しかし、それから半年くらいして「喪失感」というものを味わった。
夜、ジョギングしてると自然に涙が溢れて来た。
悲しいとか辛いとか思わなくても涙がポロポロ出た。
本当を言うと、涙が出るから人目を避けて夜に走った。
さらに精神的に辛いからもっと苦しい「走る」という苦痛を与えることで自分を誤魔化すために走った。
毎日、走った。毎回、涙が溢れた。
もう何もほしくないと思った、ずべての希望や夢が消えていた。
いつでも死ねると思った。この世に何の未練もなくなった。
こんな毎日にさよならするのに1年以上かかった。
たくさんの本を読んだ。藁をもつかむ気持ちで、どこかに生き延びる光がないか、どうすれば元気なれるか、どのような考え方をすればこの精神的苦痛から脱出できるか探した。
潰れそうな自分の心を励まし励まし、勇気づけ、元気になれと自分に言い続けた。

大震災で家族を失い、大切な友人を失い、住むところさえ失ってしまい、
財産もすべてなくした人もおられるだろう。
生きていること自体が地獄に感じるかも知れない。
自分も一緒に死ねばよかったと。

一人ぼっちでいる時間はできるだけ少ない方がいい。
家の中にいるよりは、用がなくても外に出た方がいい。
辛いとき、悲しくて仕方ないとき、もう死にたいと思うとき、1時間以上、歩いたり走るといい。
自分の気持ちを素直に紙に書いてみるといい。
思うことを全てを紙に書いてみるといい。

人生を止めるのは、今でなくてもいつでもできますよ。
急ぐ必要はない。今でなくても、明日でもいい。
明日でなくても来年でもいい。
別に自分で時期を決めなくても、自然に来る最期のときでもいいじゃないですか。
自分でも気がつかないままに心肺が停止するときまで待ってもいいじゃないですか。

それまでいいことばいっぱいあるかって? そりゃー、ない。
いいこともあるけど、やっぱり辛いことや苦しいことが多いかも知れない。
だけど、予想もしなかったようないいことがあるかも知れない。
素敵な人との出逢いがまたあるかも知れない。
昔のように、青い空に浮かぶ白い雲を見ながら、草の原に大の字に寝っ転がって、
胸一杯に空気を吸って、「あー、生きててよかったなー!」って、思うことがあるかも知れない。

あなたのそばに私がいるように、
私のそばにあなたがいる。

私はそんなあなたが大好きだ。

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