仕事探しはとても大変である。若い人でも死に物狂いでないと見つからない。ましてや40代、50代、60代の人は言うまでもない。
しかし、ここでよく考えてほしい。なかなか仕事が見つからないという理由で好きでもない仕事にまで応募している自分はいませんか。好きでもない仕事をしていい仕事ができるでしょうか。いい給料がもらえるでしょうか。
足元を見られるだけです。
早く仕事を見つけなければならないのは間違いありませんが、したくもない仕事は絶対に選ぶべきではない。
お金がなくて食べるものにも困り、死にそうになる直前までは自分を安売りしてはいけない。
本当に自分がしたい仕事を選んでください。
好きでもない仕事をしてわけのわからない上司の下で働くなんて、くそ喰らえですよ。
あなたにはあなたの素晴らしい魅力があるのです。
好きな仕事をやってこそ、道は開けるのですから。
誰にも一度しかない人生です、できることなら楽しく健やかに過ごしたいものです。人生で遭遇するさまざまな出来事やテーマについて考え、より豊かで、より楽しく生きて行くための智慧をあなたと一緒に見つけたいと思っています。 あなたにとって大切なものは何ですか。愛、家族、健康、お金・・・
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2011年12月25日日曜日
2011年12月3日土曜日
何だか最近おかしいと思いませんか?
何だか最近おかしいと思いませんか?
テレビを見ても、周りを見ても、ほんと厭(いや)になります。
仕事がちょっと忙しかったこともあり、ブログを書く気になれず、しばらく休んでしまいました。
今日は元気出して、少し本音を言いますね。
何がおかしいって?ですか。いろんなことがおかしい、変ですよ。
あれがおかしいとか、これがおかしいじゃなく、ほとんどのことが。
真面目(まじめ)で、何事もちゃんとして、誠実に、言うことと心のうちが同じ、騙(だま)すための嘘(うそ)をつかないで、身を常に正した生き方をしている人が少なくなった。
単に一般の人だけではない。政治家も企業もテレビも新聞も、なんか変だ。
表向きは立派そう、ちゃんとしてそう、嘘はついていないみたいだが、実は自分の都合だけ、自分の保身だけに精力を使っている人が実に多くなった。
主張している論理が得て勝手。自分(自分達)に都合のいいことだけを抽出して話を作り上げる。
そういう行動する、主張する人、利益を得ようとする、そういう人が日本人に多くなった。
道徳とか、恥を知るとかそういうことは大事なことではないでしょうか。
世の中で生きるためのエチケット、マナーは大切じゃないですか。
言ったもん(者)勝ち、みたいなことが横行している。
人に感謝する、自然の恵みに感謝する、足りることを知る、自分をする、そういう基本的自覚・認識が人には必要ですよ。
こういう基本を守らないと世の中、ギスギス(ぎくしゃく)して世の中に「怒り(いかり)」が充満してしまいます。
心に余裕がないと失敗も多くなります。
群れの中に誰か一人、自分勝手な「自己虫」がいると群れの平和が乱されてしまいます。
あまり無茶なこというのは、止めましょうよ。
自己責任の部分は自己の責任で解決しましょう。
世界の平和のために。
テレビを見ても、周りを見ても、ほんと厭(いや)になります。
仕事がちょっと忙しかったこともあり、ブログを書く気になれず、しばらく休んでしまいました。
今日は元気出して、少し本音を言いますね。
何がおかしいって?ですか。いろんなことがおかしい、変ですよ。
あれがおかしいとか、これがおかしいじゃなく、ほとんどのことが。
真面目(まじめ)で、何事もちゃんとして、誠実に、言うことと心のうちが同じ、騙(だま)すための嘘(うそ)をつかないで、身を常に正した生き方をしている人が少なくなった。
単に一般の人だけではない。政治家も企業もテレビも新聞も、なんか変だ。
表向きは立派そう、ちゃんとしてそう、嘘はついていないみたいだが、実は自分の都合だけ、自分の保身だけに精力を使っている人が実に多くなった。
主張している論理が得て勝手。自分(自分達)に都合のいいことだけを抽出して話を作り上げる。
そういう行動する、主張する人、利益を得ようとする、そういう人が日本人に多くなった。
道徳とか、恥を知るとかそういうことは大事なことではないでしょうか。
世の中で生きるためのエチケット、マナーは大切じゃないですか。
言ったもん(者)勝ち、みたいなことが横行している。
人に感謝する、自然の恵みに感謝する、足りることを知る、自分をする、そういう基本的自覚・認識が人には必要ですよ。
こういう基本を守らないと世の中、ギスギス(ぎくしゃく)して世の中に「怒り(いかり)」が充満してしまいます。
心に余裕がないと失敗も多くなります。
群れの中に誰か一人、自分勝手な「自己虫」がいると群れの平和が乱されてしまいます。
あまり無茶なこというのは、止めましょうよ。
自己責任の部分は自己の責任で解決しましょう。
世界の平和のために。
2011年9月18日日曜日
風を感じ、陽の光を感じ、季節の移り変わりを感じ、時の流れを感じる
今日はとてもいい天気だった。空が少し高くなって空気も少し澄んできた。
埼玉県の川越の街並みを抜けると田園風景が広がる。稲の穂はすっかり稔り、頭を垂れる。「実るほど首を垂れる・・・」と小学校時代に何度も何度も教えられたことを思い出す。
すでに刈り取られた田んぼも多い。刈り取られたばかりの田んぼの縁を歩くとあの独特のわらのいい匂いがする。もみ殻を焼いているところもあった。
みんなみんな秋の匂いだ。
今日は昼の2時半から夕方の6時半まで歩いた。
30度を超す暑さの中、歩き始めた。
朝食は摂ったがダイエットのため昼食は抜いていたので、歩き始めて30分もしないうちに暑さのせいもあって調子が悪くなってきた。コンビニに寄りおにぎりとレモン入りの水を買った。生き返る思い、おにぎりはこんなに美味しいかと思うほど美味しかった。食べて20分くらいしたころからエネルギーが戻って来た。血中の糖分濃度上昇だ。すっかり元気になった。
首には出かける前に水でぬらしたハンドタオルを巻いて、iPodで音楽を聴きながらどんどんと歩く。
颯爽(さっそう)と歩く。
今日の歩いた距離は、18.7km。マラソンの選手は42.195kmで私の歩いた距離などその半分にも満たないが、実際歩くとわかるがかなりきついです。私と同じようにウォーキングしている人に何人も出会う。こっちが挨拶すると相手も笑顔になって挨拶する。気持ちい瞬間だ。山登りや高原などを歩くとき、すれ違う人にお互いに挨拶する。あれと同じ。「挨拶」には人を気持ちよくさせる何かがある。
途中、川の土手を歩く。舗装されていて歩きやすい。もちろん、シューズはエアの入ったウォーキング用のものを使用している。足首にも負担がかかるのでちゃんと吟味したいいものがいい。
土手を歩くとき、ときどき、後ろ向きに歩く。長く歩くとき、ときどきこれをやると使う筋肉が違うので楽になる。
後ろ向きに歩くと普通では見えない自分の歩いた跡が見える。景色がどんどん遠のいて行くその風景が見える。前に向かって歩いているときに景色が後ろに消えて行く速さよりも、後ろ向きであるいているときに遠のく景色の方がずっと速く感じる。
歩いた跡、歩いた道が見ながら歩くと時間が過ぎていることがよくわかる。
遠のいた距離は時間が経過したことを表している。人生が確実に過ぎていることを実感できる。
今まで一体どれだけの人生をこうして歩いて来たんだろうと思った。
そして、自分は一体どこに向かって歩いているのだろうと思った。
「後ろ向きになって歩く」、みなさんももし機会あったらやってみてください。ただし、後ろ向きでも安全なところでやってくださいね。
長い長い川の土手をずっと歩いていると、
風の流れを感じる、太陽の光が飛んで来るのを感じる、季節の移り変わりを感じる、虫の鳴き声が聞こえる、草木の話声が聞こえる。
「時が過ぎて往く」のが突然よくわかる。そう、突然、我々は果てしない宇宙の中のこの地球に今、生きているんだと知らされる。
時の流れを感じることは、この往きつく先には「死」があることにつながり、一種の焦りにも似た感覚になるが、風の流れを体に受けたとき心地いいように、思わず両手を広げたくなるような快さを感じるのである。
「動く」ことから来る快感なのだろう。
時は今も流れている。何かに向かって。きっと何かに向かっている筈だ。そう思いませんか。
2011年9月3日土曜日
みんさん、お元気でしたか。お久し振りです。
ここのところ、台風12号の影響で蒸し暑いですね。電車通勤の人はよくわかっていますが大変です。マイカーで通勤の人は渋滞はあるでしょうが快適ではないでしょうか。私も以前は車通勤をしていました。電車のいいところは、エコということがありますが、座ることさえできれば居眠りもできるし本も読めるし、考え事にふけることもできますしそれはそれで快適です。ただ、立ち通しのときは最悪です。
明日あたり、台風は四国に上陸するのでしょう。台風は自分自身はぐるぐる反時計回りに回転しています。今回、のんびりとなかなか日本の南海上から動かないのはジェット気流がいつもよりずっと北の方を通っているので台風を運んでくれないからなんですね。台風はでかいですが、ああ見えて自分では動けないのです。
先週の土日に、例によって入間川の土手を自転車で散歩、サイクリングしました。
毎日暑いけど、少し秋の気配を土手の草花や風の動きに感じますね。空の青さや雲の白さが澄んで来ましたね。
時が移り変わるのは楽しいけど、ウイークデイが早く過ぎて土日が早く来るのは嬉しいけど、それって人生の残りがどんどん減って行っているってことですから、あまり単純に喜んでもいられません。
毎日をもっと大事にしないと、1時間1時間を大切にしないといけませんね。
遊んでもいい、テレビを見ててもいい、何をしてもいいけど、ひと時ひと時を味わいながら生きたいものです。
気がついてみるとボーとしていたなーと思うと気があっても後悔したりしないことです。ボーと時を過ごすことができたことに感謝し幸せに思うことではないでしょうか。
電車への飛び込み事故は特に首都圏では相変わらず、頻繁に起こります。駅や車内で見るあの「人身事故」の表示です。あー、また誰かが死んだ。昨日も今日も連ちゃんだーなんて言う程度にしか受け止めない。ひたすら、電車が平常に戻ることだけを考える。
しかし、電車に飛び込んだ人のことを考えてみてください。人にあれだけの迷惑をかけて命を絶つ。あんな迷惑なことはない。「またかよ。」なんて思われながら死んで行く人。
大きな悩みを抱えていたのでしょう。自分ではどうすることもできなかったのでしょう。人に話しても仕方なかったのでしょう。
「もう駄目だ。もう嫌だ。」と思うそんなとき、「死にたい」思う気持ちを回避する方法を書きますので、そういう気持ちになった試してみてください。「電車に飛び込む」前に、「列車に飛び込む」前に、今から書くことを試してください。
「最悪の気分」「最低の気分」から、「憂鬱でどうすることもできない」「絶望」の淵から立ち直れる方法です。あなたの周りにそう人がいたら、教えてあげてください。
1.紙と鉛筆を用意してください。ノートでもいい、日記でもいい、それに自分のお気に入りのボールペンでもいい、とにかく書くものと紙を用意してください。
2.その紙(ノート、日記)に今の自分の気持ちを書いてください。正直に。
あなたの言葉で。あとで人に見られることなど考えてよそ行きの言葉で書いちゃだめです。汚い言葉でもいいのです。今のあなたの気持ちを余すことなく書いてください。
3.次にその気持ちの理由を書いてください。先程書いた一つひとつの悪態言葉の一つ一つにどうしてそう思うのか書いてください。それも頭に浮かんだ言葉通りに。くれぐれも他人に読んでもらうなんて考えていけません。
4.次は、そういうことは昔にもあったか思い出してください。きっと、同じようなことが起こっている筈です。事件は違っていても同じ気分になったことがあるはずです。それを簡単に書いてください。
このあたりであなたの目の前のノートや紙はかなりいっぱいになりましたね。それでいいんです、ぐちゃぐちゃに書いていていいんです。殴り書きでいいんです。線をひっぱってどんどんかいてください。
5.さて、その昔同じようなことが起こったとき、あなたはどうしました。解決したか解決しようとしたはずです。それも書いてください。(少し疲れて来ましたか。さっきまでの感情が少し薄らいで来ているかも知れませんが、もう少し続けましょう。)
6.それでどうなったか、書いてください。解決しようとして何かをしましたね、それでどうなったかです。
どんどん書いてください。線をひっぱってどんどん書いてください。
7.あと少しです。最後に、はじめに書いたそれらの感情の源(頭にくること、憂鬱になっていること)をあなたはどうしたいのか書いてください。あなたはどうなりたいのか書いてください。どんな状態になりたいのか書いてください。
どうですか? まだ、死にたいですか。あなたの望みは死ぬことでしたか。
私も死にたいと思ったことは何度もあります。いろんなことを試しました。
もし、あなたに生きる希望が持てたら、それを持ち続ける方法を今度は書きましょう。
もうあなたは大丈夫です。心が豊かになり安定して来ます。
そしたら、一緒に飲みましょう。話をしましょう。苦しかったこと、楽しかったこと、大事にしていることなどなど。
あなたはまじめで、責任感が強く、向上心があり、一生懸命に生きようとして来たからこそ死にたいと思ったのです。あなたは、ほんとうにとてもいい人です。私はあなたに会ったことはありませんがそう信じます。
では、いつかお会いできるときを楽しみにしています。
明日あたり、台風は四国に上陸するのでしょう。台風は自分自身はぐるぐる反時計回りに回転しています。今回、のんびりとなかなか日本の南海上から動かないのはジェット気流がいつもよりずっと北の方を通っているので台風を運んでくれないからなんですね。台風はでかいですが、ああ見えて自分では動けないのです。
先週の土日に、例によって入間川の土手を自転車で散歩、サイクリングしました。毎日暑いけど、少し秋の気配を土手の草花や風の動きに感じますね。空の青さや雲の白さが澄んで来ましたね。
時が移り変わるのは楽しいけど、ウイークデイが早く過ぎて土日が早く来るのは嬉しいけど、それって人生の残りがどんどん減って行っているってことですから、あまり単純に喜んでもいられません。
毎日をもっと大事にしないと、1時間1時間を大切にしないといけませんね。
遊んでもいい、テレビを見ててもいい、何をしてもいいけど、ひと時ひと時を味わいながら生きたいものです。
気がついてみるとボーとしていたなーと思うと気があっても後悔したりしないことです。ボーと時を過ごすことができたことに感謝し幸せに思うことではないでしょうか。
電車への飛び込み事故は特に首都圏では相変わらず、頻繁に起こります。駅や車内で見るあの「人身事故」の表示です。あー、また誰かが死んだ。昨日も今日も連ちゃんだーなんて言う程度にしか受け止めない。ひたすら、電車が平常に戻ることだけを考える。
しかし、電車に飛び込んだ人のことを考えてみてください。人にあれだけの迷惑をかけて命を絶つ。あんな迷惑なことはない。「またかよ。」なんて思われながら死んで行く人。
大きな悩みを抱えていたのでしょう。自分ではどうすることもできなかったのでしょう。人に話しても仕方なかったのでしょう。
「もう駄目だ。もう嫌だ。」と思うそんなとき、「死にたい」思う気持ちを回避する方法を書きますので、そういう気持ちになった試してみてください。「電車に飛び込む」前に、「列車に飛び込む」前に、今から書くことを試してください。「最悪の気分」「最低の気分」から、「憂鬱でどうすることもできない」「絶望」の淵から立ち直れる方法です。あなたの周りにそう人がいたら、教えてあげてください。
1.紙と鉛筆を用意してください。ノートでもいい、日記でもいい、それに自分のお気に入りのボールペンでもいい、とにかく書くものと紙を用意してください。
2.その紙(ノート、日記)に今の自分の気持ちを書いてください。正直に。
あなたの言葉で。あとで人に見られることなど考えてよそ行きの言葉で書いちゃだめです。汚い言葉でもいいのです。今のあなたの気持ちを余すことなく書いてください。
3.次にその気持ちの理由を書いてください。先程書いた一つひとつの悪態言葉の一つ一つにどうしてそう思うのか書いてください。それも頭に浮かんだ言葉通りに。くれぐれも他人に読んでもらうなんて考えていけません。
4.次は、そういうことは昔にもあったか思い出してください。きっと、同じようなことが起こっている筈です。事件は違っていても同じ気分になったことがあるはずです。それを簡単に書いてください。
このあたりであなたの目の前のノートや紙はかなりいっぱいになりましたね。それでいいんです、ぐちゃぐちゃに書いていていいんです。殴り書きでいいんです。線をひっぱってどんどんかいてください。
5.さて、その昔同じようなことが起こったとき、あなたはどうしました。解決したか解決しようとしたはずです。それも書いてください。(少し疲れて来ましたか。さっきまでの感情が少し薄らいで来ているかも知れませんが、もう少し続けましょう。)
6.それでどうなったか、書いてください。解決しようとして何かをしましたね、それでどうなったかです。どんどん書いてください。線をひっぱってどんどん書いてください。
7.あと少しです。最後に、はじめに書いたそれらの感情の源(頭にくること、憂鬱になっていること)をあなたはどうしたいのか書いてください。あなたはどうなりたいのか書いてください。どんな状態になりたいのか書いてください。
どうですか? まだ、死にたいですか。あなたの望みは死ぬことでしたか。
私も死にたいと思ったことは何度もあります。いろんなことを試しました。
もし、あなたに生きる希望が持てたら、それを持ち続ける方法を今度は書きましょう。
もうあなたは大丈夫です。心が豊かになり安定して来ます。
そしたら、一緒に飲みましょう。話をしましょう。苦しかったこと、楽しかったこと、大事にしていることなどなど。
あなたはまじめで、責任感が強く、向上心があり、一生懸命に生きようとして来たからこそ死にたいと思ったのです。あなたは、ほんとうにとてもいい人です。私はあなたに会ったことはありませんがそう信じます。
では、いつかお会いできるときを楽しみにしています。
2011年7月10日日曜日
知る人ぞ知る「高山三滝」
7月9日、うだるような暑さ、川越も朝から猛暑。
この日、関東地方は梅雨明けした。
我々友人3人は、涼しいところに行こう!ということで飯能、入間の越生(おごせ)の山の奥に行った。
越生の「高山三滝」に行った。うっそうと茂る樹木、杉や檜が天に向かっている。
シダの葉が風に涼やかだ。
水が実に綺麗だった。
庭園を思わせる川の流れがそこにはあった。
滝の2、300メートル手前に小さな茶屋がある。イワナとニジマスが池に飼われていて塩焼きとかイワナの骨酒を売っていた。
私はコーヒーを飲んだ。コーヒーといっても街中の喫茶店のようなコーヒーが出て来る訳ではない。缶コーヒーだ。
帰りは寄居町で熊本出身の女将が経営する瀟洒な日本料理店で夏のコース料理に舌鼓を打った。お腹一杯になって友人の運転する車でもうすっかりに夜になっていた川越に戻った。
感謝の一日だった。
2011年7月3日日曜日
2011年夏到来! 節電の夏! 節約の夏!
木金曜日を休日にして土日出勤シフトの企業が自動車業界などに始まった。
電車が空いていていいと言う人、やはり土日は調子がつかめませんと言う人・・・今年の夏も昨年同様暑くなりそうだ。
先月末も過去最高の暑さを記録した。
今日はひまわりが咲いていた。背丈2メートルくらいのでかいひまわり。さすがに夏の花だ。太陽が好きらしい。
太陽が好きと言えば、ザクロの赤い、やや橙色がかった赤い花。
実に夏の空に似合う。空に向かってぐんぐん伸びようとしている。
このときを待っていたと。立ち葵って花はゴージャスだ。
薄い花弁が風に揺れる。
夏の暑い日、街角でデートの待ち合わせ、まるでそんな立ち姿。
暑さなんて感じない、ただひたすら何かを待っているようだ。
入間川の土手を歩くと土手を駆け上げる風が爽やかだ。
河の水量はまだ多い。
ところどころに堰が設けてあり、水田に水が流れるようにしてある。
水が豊富にあるということはそれだけで幸せなことだ。
青い空に白い雲が浮かんでいるというだけで幸せなように。
夏の草の匂いが清々しい。
生きている匂いだ。
こんなに暑いのに元気いっぱいだ。
川越の市役所から札の辻の交差点を横切り、そのまま西に向かって1、2分歩くとなぜか、ペンギンが立っている。
そこから10メートルと離れていないところにはカバがいる。とても暑そうだ。カバは水でも掛けてやればそうでもない感じだが、ペンギンは参っている感じだ。
客寄せに頑張っているのだ。
散歩しているといろいろな風景に出会う。
その後、新河岸川を登るように歩いた。
今年の夏はいつもより、ずっと暑いかも知れない。
そんな暑い夏だが、少しでも楽しみながら過ごしたいたいものだ。
2011年6月25日土曜日
埼玉県川越市郊外の散歩は、自然あり、歴史あり、花あり
「散歩は誰かと一緒ですか? それとも一人ですか?」
部屋でずっとパソコンで文書を作成していたりすると外の空気を吸いたくなって、散歩に出かける。悩み事があるとき、気分がとても落ち込むとき、ウォーキングシューズに履き換え散歩に出かける。
深い悲しみやどうすることもできない辛さに、夜道を散歩すこともあろう。
深い悲しみやどうすることもできない辛さに、夜道を散歩すこともあろう。
人生の岐路に立たされたとき、その結論を求めて歩きながら考えることもあろう。
家の中で悶々と思い悩むよりずっといい考えに到達できる。
散歩は、ときに人生の甘露である。
散歩は、ときに人生の甘露である。
その頃は、埼玉県の蓮田市に住んでいたので蓮田の街をあちこち行った。そのうち、子供達が大きくなり、通学の問題から杉並区の善福寺に引っ越した。蓮田と違って交通量が多いのでマリーさんと並んで道路を歩くのは結構大変だった。
マリーさんは、私によくこう言った、「散歩、楽しいね。楽しい? 私は散歩、大好き!」って。
しかし、2007年に年が改まって急にマリーさんは身体の調子が悪いと言い出した。
そう言えば、その前の年の春か夏ごろに、散歩の途中でよく「もう、帰ろう!」と言って私を見ながら立ち止った。
江東区にある動物病院に緊急入院した。肝臓がんと心臓に血管腫ができていた。ICUに入って大手術をした。しかし、ICUに入ったまま容体はよくならなかった。結局、先生から家に連れて帰ってあげた方がいいしょうと言われ、家に連れて帰った。家に戻って一瞬嬉しそうにしたがもう嬉しさを表現する元気はマリーさんにはなかった。
二日後、家族みんなに見守られて「風」になってしまった。
二日後、家族みんなに見守られて「風」になってしまった。
2007年2月7日のことだった。
みんな、それぞれに泣いた。そう、今でも思い出すとマリーさんの楽しそうな顔を思い出す。
みんな、それぞれに泣いた。そう、今でも思い出すとマリーさんの楽しそうな顔を思い出す。
散歩には思い出もある。人は思い出を整理しながら、新しい思い出も次々と創り出して行く。
楽しい幸せな思い出、悲しくて辛い思い出・・・・・
埼玉県川越市を流れる入間川に沿って、川越市水上公園がある。花菖蒲が池のほとりにたくさん咲いていた。
白い花菖蒲も綺麗だ。紫色のものしかないと思っていたが、色いのもあるんですね。
水上公園は、川越市街の西に位置し、町の中心からは外れている。
ここから、東に歩き町の北東部に川越城本丸がある。
田んぼの稲も株分けが進み、緑も濃くなり随分成長していた。
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