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2011年3月5日土曜日

久しぶりに友人カップルと奥多摩から青梅にドライブ!

今朝、突然,親しい友人から「ドライブに行こう。とってもいいところがあるんだ。コーヒーも美味しいところだよ。時間ある?」、「やぁー、お久しぶり。今日は予定ないし、大丈夫。是非!」ということで、その友人の車で連れて行かれるまま、川越から飯能を通って奥多摩方面へと向かった。
 珈琲店のコーヒーは香り豊かでとても美味しい。水がいいせいだろう。
綺麗な澄んだ空気、胸いっぱいに吸った。私は幸い花粉症ではないのでそれができた。友人は花粉症なので車外に出るときはマスク、深呼吸できなくてかわいそうだ。
私は、友人の分まで深呼吸を何度もした。
多摩川もこのあたりまで来ると川を流れる水も透き通っていてほんとうにさわやかな清々しさ、清浄さを容易に見てとれる。
茶屋は、たくさんの観光客。川面を眺めながら、梅の香りがいっぱいの木製のテーブルでお茶や食事を楽しむ。
春の光を受けながら、何を話しているのかは知らないが何気にみんな楽しそうに話している。

いったい、そこはどこ? JR青梅線、沢井駅のすぐしたの澤乃井園。
そのそばには多摩川にかかる楓橋も渡ってみた。
また、近くには日本で有名なあの川合玉堂が、晩年、当地を10年あまり過ごしたということで玉堂美術館もある。

それから、我々は、多摩川を渡り、吉野海道に入った。吉川英治記念館に立ち寄った。吉川英治と言えば、日本人のすべての世代に愛された国民文学の大御所である。「新書太閤記」、「新・平家物語」など数々の作品がある。この記念館には吉川英治の書斎もある。記念館は広く、庭園は日本庭園で実に綺麗に整備されており、梅の香りが漂っていた。また、庭には吉川英治と同じ空気を吸ったと思われる大きな楠が大きいのとそれより少し細いのと二本並んで立っている。友人は「あれは、夫婦なんだよ。」と言った。私は、妙に納得した。


 明日からは、青梅の梅祭りらしい。
たくさんの人で賑わうことだろう。
私は、友人のお陰で一足先に、梅の香を楽しんだ。

友人に感謝!

2011年3月2日水曜日

小説を書いたことはありますか。 「春の心」 

人は誰でも一生に一度は小説が書けるなんていいますが、みんさんは書いたこと、ありますか。
私は、20代のとき、「小説らしきもの」を書いたことがあります。
題名は「春の心」。

主人公「私」と私を取り巻く友人たちと私の彼女の身の上に起こるさまざまなできごとを通じて、生きることへの意味、葛藤、愛、憎しみ、挑戦、挫折、試練、希望など、さまざまな人間模様を描きながら、生きることの意味、人を愛することの意味を考えようとした小説でした。
いや、正確に言うとそのつもりで書きました。

主題は、自然界の春と人間世界、人生の四季の一つとしての春との対比。自然界は今まさに春なのになぜ、人の心は厳しい冬のままなのだったりするのだろうかということです。
あらゆる生命体が厳しい冬を乗り越え、息吹き、春を体いっぱいに感じている。
緑が萌え花は咲き誇り、小鳥は歌い犬や猫も虫たちも大喜びだ。
しかし、私の心はなぜか、つらく憂鬱な毎日、冷たく色彩(いろどり)のない冬のまま。
陽光の眩しさに目を細め、思わず手で顔を覆ってしまう。太陽の光さえ、疎ましいのだ。
満たされぬ心、やりきれない断絶と絶望が私の心にあふれる。
自然の運行と人の心の動きは、なぜか連動しない。

物語は、春の陽の穏やかな瀬戸内海の見える丘の上、遠くにはかすんで島々が見える、眩い陽光が鏡のような海面に反射して目に飛び込んでくる、そんな叙情豊かな瀬戸の海を眼下に見下ろす私のお墓の前で、主人公「私」の親友と私の彼女とが私について、「あんなことがあったわ。」、「そう、こんなこともあったの。」、と懐かしく話している。生きることに一生懸命であった私について、実は回想していたという話なのである。
この小説を最後まで読んだとき、この物語は回想録だったことがわかるようにした。

私は墓の中にいたのである。
最後まで読んだとき、「それで、結局、『私』は死んだんだ。」とわかり、どうして私は死を選択したのか、どうして死ぬ必要があったのかを問う。
「どうして、そんなことで死ぬの。」と思う人、「わかるよ、誰だって死にたくなる。」と、考え方は人それぞれであろうと思う。
それは、人それぞれ、人生の経験が違うからである。それは、人それぞれにその物語を読んだときの心のありよう、心理状態、精神状態が違うからでもある。
死を笑うことは簡単です。私たちは、死を選んだ人の苦しみをどれだけ理解しただろうか。
死は決して他人事ではない。
誰でも自殺しないにしても、「死にたい。」と思ったことはあるはずです。
もう、このあたりで「店じまい」しようかって。
生と死は実に隣り合わせで人の心に棲んでいます。
それを微妙につないでいるのは「愛」ではないでしょうか。

「無縁社会」という言葉をよく耳にし、活字でもよく見ます。
こんな悲しいことが、こんなさびしいことがあっていいのでしょうか。
そんな思いをする人が、もし、あなたの大切な人であったら、あなたはどうしますか。

あなたは「愛」を粗末になんかしていませんよね。

2011年2月27日日曜日

「川越駅の夕景」 一度、小江戸と呼ばれる川越においでください

あと1ヶ月もすると春分の日がやって来ます。日が長くなって来ましたね。夕方、川越の駅の周りのようすをご紹介します。写真は川越駅東口の風景で、この駅には、JRと東武東上線が乗り入れている。川越には、ほかに本川越駅、川越市駅が近くにあります。                    私は、この写真の駅を毎日利用しています。                買い物やクリーニングや日常の生活で必要なものはすべてこの駅周辺で済ませています。       (川越市の人口は、30万人強です。)
これは、川越駅の西口側です。東側と西側ではその表情はかなり違う気がします。      
東口にあるatre。atreの北側には市内で最も大きな商店街「クレアモール」があります。







 
    
これは、毎正時に、さまざまなからくり人形が出て来て訪れる人々を立ち止まらせ、楽しませている時計。
季節によってこの人形は変わっているように思います。秋には祭り太鼓のお囃子に乗って賑やかです。何パターンかあるのだろうと思います。

これらの夕景とまったく異なる顔が、川越にはあります。「小江戸」と呼ばれる由縁の顔があります。古い古い昔からの顔です。
いつか、またご紹介しましょう。




2011年2月25日金曜日

今日、関東地方には春一番が吹きました!

今日は、休日出勤の代休でお休み。
あまりの暖かさにいつもより長く散歩しました、14.8kmも。
途中、春を探してみました。

この写真は川越の水上公園です。写真では寒そうに見えるかも知れませんが気温21度で、ほんとは暖かいのです。ここには大きなプールもあって夏は家族連れや子供たちでいっぱいです。近くの大学生たちがときどき何やらイベントを開いたりしています。テニスコートもあり、大駐車場もあるので瀬戸物市やバザーなどもときどき催されています。

                                               
川越水上公園から入間川(いるまがわ)の土手に沿って歩きました。


小さな青い花が咲いていました。                                       
暖かい春を喜んでいるようでした。                                 
 

この入間川に川越橋という橋があります。
この橋のたもとには、実に風情があるというか、変わっているというか、誰が考えたのか、有名な歌人の和歌がカルタのように絵付きで描かれているのです。写真は三十六歌仙の一人、紀貫之です。「さくらちる 木の下で かぜは寒からで 空にしられぬ 雪ぞふりける」
百人一首では紀貫之は、「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほいける」だが。こんな橋は今まで見たことがありません。なんとも贅沢な橋が何気なく。日本一贅沢な橋かも知れません。ちなみに紀貫之の隣は、伊勢でした。

川越という街は、関東以外ではあまり知られていないかもしれませんが、散歩してるとこんな珍しいものや驚きや不思議を発見することがよくある街です。
古いものと新しいものが混在しています。田舎だなーと思うと意外と都会的であったり。
時間があったら、一度、川越の街においでください。名所旧跡も多いですよ。

2011年2月19日土曜日

取り敢えず携帯でtwitterをはじめました

最近、twitterを携帯ではじめました。“saracynthia0917”でデビューです。
facebookも考えましたが、今のところ、やっていません。(2012年2月現在、SaraITOHに変更しています)

インターネット上でやってみたいことは、いろいろとあるのですがなかなか実行できていません。
しかし、それはこれまでは構想が決まらなかったのが大きな理由です。
やっと方向性が見えて来ました。

英語版のblogも間もなくはじめたいと思います。

それと、みなさんとはちょっと逆の入り方かも知れませんが、ホームページを立ち上げたいと
思っています。
このホームページには、あらゆる分野のことを載せて行きたいと思っています。
総合的なページにして行き、いろんなことを考えたり意見交換できる広場にしたいと思います。

そのときは、あなたのお智慧も貸してください。

南極海での調査捕鯨は打ち切りとなった

農水省が南極海での調査捕鯨を打ち切った。シー・シェパードの反対活動のためだそうだ。
鯨やイルカの肉を食べることに人間はなぜ抵抗を感じるのだろうか。
日本人は、昔、普通に鯨の肉を食べていた。私も子供のころはよく食べた。
子供心に、映画やテレビで南極の荒海で捕鯨船の舳先(へさき)に立って鯨に向かってモリを打ち込む様子に、息を飲み、「あっ、痛そうー。」と思ったものだ。
しかし、そんなことを思ったのはその映像を見ているときだけであって、鯨の肉を食べるときには、そんなことはすっかり忘れて食べていた。

しかし、2011年の今、どうだろう。
食卓から鯨肉が消えて久しくなり、鯨肉と聞くこともなくなったが、鯨肉と聞くと「えっ、鯨の肉?!」と何とも言えない違和感のようなものを感じるようになった。
「そんな肉を食べていいの?」という気持ちと、「まだ、鯨を捕ってるのかー、そうか、あの調査捕鯨の肉かな?!」とか思うようになった。もう、正直に言えばまったく食べたいとは思わなくなった。

牛や羊は平気で食べるのに。どうして、こんな気持ちを持つのだろう。
日本人は鯨の肉を食べたくても牛肉や豚肉を食べたいだけ食べれるのようになったこともあろう。
鯨肉独特の食感や臭いが嗜好に合わなくなったと言えるかも知れない。

私が鯨肉を食することに対する嫌悪感を感じる最も大きな理由は、鯨の知性や知的な仲間で協同して捕食する姿や優しそうな目で我々人間を見つめる眼差しである。
鯨やイルカには、高い知性を感じる。
我々人間の行動をさまざまな愚行を見透かしているかのような感じさえ、あの目を見ると感じる。
我々と鯨やイルカとは、ずっとずっとその昔、とても親しい関係にあったような気さえする。
空想的な話で笑われそうだが、その昔、彼らとは一緒に共同して生活していた。
まるで同じ種のように。
しかし、何かの理由で彼らは海での生活を選んだ。
我々は陸での生活を選んだ。
彼らと我々はもともと友達、親友だったかも知れない。

生きること、生きるために食することは自然の摂理であり、生きるために必須の行動である。
しかし、我々は考えなければならないことがある。
それは理由のいかんを問わず、人間は多くの種をこの地球上から滅亡させている事実である。

2011年2月6日日曜日

人生とは自分との戦い、自分とどう折り合いをつけるかということかも知れませんね

私は、このブログを始めてから、いや始める前からもずっと考えていることがあります。
それは、このブログをどういう方向に持って行くかということです。
書きたいことは山ほどあるのですが、どういう順番で書いたら自然なのかとか思い悩んでしまいます。しかし、そんなことはどうでもいいことかも知れませんね。
というわけで、これからしばらくは毎回、話があっちに飛んだりこっちに飛んだりするかも知れません。

私は、2008年の10月に大腸がんの手術をしました。大腸がんといっても正確には結腸がんですが。好発する部位です。手術をする1年も前から毎日下血していました。トイレに行くといつも便器は真っ赤でした。トイレに行くと血だけが出ることもありました。外ではおならもできませんでした。おならとおもっても実はおならではなく溜まった血を出したくて、おならと勘違いすることがあるからです。
私は仕事柄、自分のこの状態がどんな状態か想像できました。臨床データや論文を読んで自分の寿命があとどれくらいかを何回も確かめました。
当時、私はIPO(新規株式公開)を目前にした会社の社長をしていました。ですから、自分ががんであることは信頼する社員にも家族にも内緒にしていました。
簡単には説明できないいろいろなことが起こって、結局、進行がん、第2期の結腸がんは2008年の秋に埼玉医大国際医療センターで手術して戴きました。以後、3カ月おきに定期的に検査を受けていますが、奇跡的に転移もなく引き続き人生を生きています。

大腸がんと戦っておられる方はたくさんおられることでしょう。今日、手術だったという人もおられるでしょう。
あるいは、自分が大腸がんかも知れないと不安な日々を送っておられる方もあるでしょう。
大腸がんの予兆はどんなものか、いつか書きたいと思います。インターネットでそういう記事をたくさん読みましたがなかなか実態がリアルにわからないものです。ですから、不安になります。
私のように受診できない特別な理由があろうとなかろうと、思い悩む前に明日にでもすべての予定をキャンセルして病院で検査を受ける手続きをしてください。
たとえ、あなたが手術を受けることを決心しても手術はすぐには受けれません、検査もありますし手術の順番もあります。どこの病院で手術を受けるか、セカンドオピニオンはどうするかなど、手術するまでに検討すべきことや日数がかかることがいろいろあります。

とうとうこれで我が人生も終わりを迎えたなーと思わないでください。
きっと、あなたはがんでなかったときのように復調するでしょう。
悲観的に考えても楽観的に考えても人生は人生、今日は今日です。
あなたには、笑顔が一番似合います。
人生に予想外、想定外はつきものです。
私は、このブログを読んで戴いているあなたをまったく知りませんが、私はあなたを心から応援しています。